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東京高等裁判所 昭和50年(ツ)90号 判決 1976年3月13日

上告人

伊東豊治

右訴訟代理人

富樫光三郎

外一名

被上告人

古沢正夫

被上告人

熊谷長蔵

右被上告人両名訴訟代理人

手塚八郎

主文

一、原判決中、上告人の被上告人らに対する各主位的請求に関する部分につき、本件上告を棄却する。

二、原判決中、その余の部分を破棄する。

三、原審における上告人の被上告人らに対する予備的請求につき次のとおり判決する。

(一)  被上告人古沢正夫は上告人に対し、原判決別紙物件目録記載の建物の内、(一)の建物部分を、昭和五一年九月三〇日限り明渡さなければならない。

(二)  被上告人熊谷長蔵は上告人に対し、原判決別紙物件目録記載の建物の内、(二)の建物部分を、昭和五一年九月三〇日限り明渡さなければならない。

(三)  上告人の被上告人らに対するその余の請求を棄却する。

四、訴訟の総費用は、これを二分し、その一を上告人の負担とし、その余を被上告人らの負担とする。

理由

別紙上告理由第一および第二点について。

同第一点は、原判決が上告人の被上告人らに対する本件各賃貸借が一時使用のためのものであることを否定した点に法令の解釈適用を誤つた違法があるといい、同第二点は、原判決が上告人と被上告人らとの間に右賃貸借解約の合意が成立したことを否定した点に経験則違背があるというが、右論旨はいずれも、その実質が原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定について異見を述べるに帰着するものであつて、原判決の右各点の認定判断には違法をいうべきところは見当らない。よつて、右各論旨は、採用できない。

しかして、上告人の被上告人らに対する本件各賃貸借が一時使用のためのものであること、および、右各賃貸借解約の合意が成立したことを前提とする上告人の請求が理由のないことは原判決理由に説示のとおりであり、原審確定の事実関係によつて考量しても、後記補強事由を参酌しない限り、上告人の被上告人らに対する本件解約申入は正当事由を認め難いから、右補強事由を正当事由に加えないでする解約申入に基づく上告人の各請求が理由のないことは、原判決理由に説示のとおりであるから、原判決が、上告人の被上告人らに対する本件各主位的請求を棄却すべきものとした点については、本件上告は理由がなく棄却されなければならない。

別紙上告理由第三点について。

上告人が被上告人らに対して昭和四六年三月一〇日賃貸借契約期間の満了による賃貸借終了を原因として主文掲記の各賃貸建物部分の明渡を求める本訴を提起し、これを継続維持したことにより上告人が被上告人らに対し借家法一条の二による解約申入をなしたものとされることは、原判決の確定判示するところである。しかして、原判決は、その認定判示する事実関係のもとでは、上告人が正当事由の補強として主張する条件の呈示を考慮に入れても、上告人のなした被上告人らに対する本件賃貸借契約の解約申入に正当事由を認めることはできないと判断して、上告人の被上告人らに対する予備的請求をも棄却すべきものとしたのである。

しかしながら、当裁判所は、原判決が確定判示する事実関係に基づき、右正当事由の有無につき、左のとおり原審と異つた判断をする。

本件各賃貸借成立に至る経緯、上告人が弘前大学講師として赴任して以来昭和四七年三月三日同大学教授を六五歳の停年により退職するまでの経過事情、その間に本件各賃貸借契約が六回に亘り各更新後の賃貸借期間を一年五ケ月ないし三年六ケ月としてその都度賃料を増額のうえ合意更新されたこと、右最終回の更新について双方協議した昭和四三年一一月初旬ころまでは上告人が被上告人らに対し更新を拒絶したり明渡を求めたりしたことはなかつたが、右最終回の更新契約を締結するにあたり、上告人の妻つね子が弘前から上京して被上告人古沢および被上告人熊谷の妻と面談し、四年後には上告人が弘前大学を停年退職となり、その後は本件建物に居住したいから、契約期間満了の際には必ず明渡すことを確約してもらつたうえで更新をしたい旨申し向けたが、被上告人らは右のような確約を拒絶したので、つね子は右確約を得ることを断念し、上告人を代理して被上告人らとの間で従前同様の二年の期間で更新契約を締結したことなど、原判決書一七枚目裏四行目から同一九枚目表七行目までに原審が確定判示する事実関係および原判決書一九枚目裏三行目から同六行目までに認定判示されているように、上告人としては、被上告人らと当初の賃貸借契約を締結する際にも、弘前大学を停年等により退職した場合には、東京に帰り本件建物に居住したいという希望をもつていた事実、ならびに、前示更新の都度上告人と被上告人らとの間に一時使用建物賃貸借契約公正証書が作成され、同証書には家庭の事情等の必要上、期間をそれぞれ三年六ケ月以内の短期間とする一時使用のための賃貸借とする旨が明記されている事実を考慮に入れながら、原判決が右正当事由の有無を判断するにつき認定した上告人側の事情と被上告人ら側の事情とを比較考量し、さらに、上告人が昭和四九年九月三〇日の原審第一二回口頭弁論期日において同日付準備書面に基づく陳述によつて、上告人の前示解約申入により本件各賃貸借が終了する場合には被上告人らに対し昭和五一年九月三〇日まで各賃貸建物部分の明渡を猶予し、かつ、昭和四九年一〇月一日以降右明渡猶予期限まで各賃料額(被上告人古沢に対しては月額一万円、被上告人熊谷に対しては月額二万〇、五〇〇円)の支払義務を免除する旨の意思表示をし、これをもつて前記解約申入についての正当事由を補強ししという原判決判示の事実を参酌すれば、上告人の被上告人らに対する本件各賃貸借契約の解約申入は、いずれも右補強事由を加えて正当事由があるものといわなければならず、この点につきこれと反対の判断を示した原判決は失当である。

よつて、この点を指摘する論旨は理由があり、その余の論旨につき判断するまでもなく原判決は上告人の被上告人らに対する予備的請求(原判決事実摘示、第二八四号事件の控訴の趣旨(二)1および第二九四号事件の控訴の趣旨に対する答弁(二)の1に記載)につき破棄を免れないところ、本件は原審確定の事実関係に基づき裁判をするに熟しているから、民事訴訟法四〇八条一号に従い上告人の右請求について判断する。

右補強事由を参酌すれば本件各解約申入に正当事由を認めうることは前示のごとくであり、上告人主張の各解約申入は、右正当事由の充足が認められる昭和四九年九月三〇日から六ケ月を経過していることの明らかな昭和五〇年三月末日の経過により効力を生じ、本件各賃貸借は終了したものといわなければならない。

しかし、右解約申入によつて本件賃貸借は終了したとはいえ、上告人がした前示正当事由補強のための意思表示によつて、上告人の被上告人らに対する前記期間の明渡猶予および賃料(右賃貸借終了後は損害金)支払義務免除の効果が生じたものというべきであり、上告人の被上告人らに対する予備的請求における右明渡猶予および賃料支払義務免除を条件とする各建物明渡請求の意味は、同猶予および免除をもつて前示正当事由を補強する旨以外に格別のものはないと解するので、右各予備的請求は主文三の(一)(二)の趣旨で認容することとする。

なお、上告人が被上告人らに対し昭和五一年一〇月一日から前記各建物部分明渡ずみまでの賃料相当損害金の支払を求める請求は、原審確定の事実関係のもとで、予めその請求をする必要があるとは認められないから理由がなく、すべて棄却すべきものと判断する。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(畔上英治 安倍正三 唐松寛)

上告理由《省略》

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